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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)989号 判決 1967年1月31日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。被控訴代理人は請求原因その他の主張として次のとおり述べた。

一  被控訴人は南〓飾郡隅田村大字隅田字大堤三六七番の一宅地一〇一坪(以下本件土地という。)を所有している。然るに本件土地について東京法務局墨田出張所昭和二一年九月二八日受付第三、二二四号をもつて控訴人のため所有権取得登記がなされている。よつて被控訴人は控訴人に対し右所有権取得登記の抹消登記手続を求める。

二  控訴人主張第二項および第三項の抗弁事実のうち被控訴人がその後見人訴外関口春の代理によつて昭和二一年九月二八日控訴人に本件土地を譲渡した点は認めるが、その他の点は否認する。

本件土地の価格はその当時一万五千円位であつて、右譲渡は単純な贈与にすぎない。控訴人が本件土地の占有を始めたのは昭和二一年九月二八日でなく、昭和二八年ころ控訴人の長女のため本件土地上に建物を建てたときからである。

三  控訴人は後見人春と前記譲渡契約以前から内縁関係にあり右契約後の昭和二五年一〇月一〇日になつて婚姻届出がなされた。本件土地の前記譲渡は後見人春の内縁の夫である控訴人に対してなされたものであるが、結局内縁の妻である後見人春の利益に帰するものである。また控訴人もこのことを知つて譲渡契約をした。従つて、右譲渡契約は後見人春と被後見人被控訴人との利益が相反するもので当時の民法第九一五条第四号によつて後見監督人が被控訴人の代理する権限を有し、後見人春には代理権がない。右譲渡契約は後見人春の無権代理行為であつて無効である。

四  かりに本件土地の前記譲渡契約が前項で主張の如き利益相反行為でないとしても、後見人春の背任的代理行為である。後見人春は被後見人被控訴人の利益を図ることなく、内縁の夫である控訴人の利益のみを図り、同人と通謀し同人の指示に従つて無償で譲渡した。右のように本件契約は後見人の背任的代理行為によるものであり、その相手方である控訴人はこの事情を知つているから、本件契約は無効である。

控訴代理人は答弁その他の主張として次のとおり述べた。

一  被控訴人の主張第一項の事実のうち本件土地はもと被控訴人の所有であつたことおよび被控訴人主張の登記がなされている点は認めるが、本件土地が現在被控訴人の所有である点は否認する。

二  被控訴人はその後見人訴外関口春の代理によつて控訴人に対し昭和二一年九月二八日本件土地を控訴人において被控訴人を養育することおよび本件土地に設定しある相生無尽株式会社に対する抵当権の被担保債務三千円位を弁済することを対価として譲渡し、即日被控訴人主張の登記を経由した。右譲渡当時における本件土地の価格は、四、五千円位である。

三  かりに本件土地の右譲渡契約が無効であるとしても、控訴人は本件土地を前記登記の日である昭和二一年九月二八日から所有の意思をもつて善意無過失で占有している。よつて控訴人は一〇年を経過した昭和三一年九月二八日時効によつて本件土地の所有権を取得した。

四  被控訴人主張第三項および第四項の再抗弁事実のうち控訴人と後見人春とは被控訴人主張の如く内縁関係にあり昭和二五年一〇月一〇日婚姻届出をした点は認めるが、本件土地の譲渡契約が無償であり、後見人春と被後見人被控訴人との間に利益相反関係にある点および後見人春の代理権行使が背任的である点はいずれもこれを否認する。本件土地の譲渡は既に述べた如く対価があるもので被控訴人主張の如く利益相反ないし代理権の背任的行使の事実はない。

立証(省略)

理由

被控訴人は本件土地を所有していたが、昭和二一年九月二八日その後見人関口春において、これを控訴人に譲渡し(ただし、譲渡契約か贈与であつたかまた控訴人主張の如き対価があつたかの点を除く。)即日被控訴人主張の登記がなされたことおよび後見人春は右譲渡以前から控訴人と内縁関係にあり昭和二五年一〇月一〇日婚姻届出がなされたことはいずれも当事者間に争がない。そしていずれも成立に争のない甲第一号証の一、同第五号証および乙第一五号証、証人渡辺春(第一、二回)および同時田さとの各証言、控訴人(第一回)および被控訴人(一部)の各本人尋問の結果を総合すれば、被控訴人は昭和九年五月一二日に生れ、昭和一七年母と死別し、昭和二〇年四月一五日空襲により居宅の焼失と共に父を失い、姉および弟とともに伯父渡辺栄吉に養育されたが、栄吉にその能力がないので、栄吉、渡辺吉五郎(被控訴人の祖父の弟)の両名は被控訴人の伯父で右栄吉の弟である控訴人に被控訴人ら姉弟の養育方を依頼し、控訴人はやむなく之を承諾し被控訴人(当時小学五年生)を昭和二〇年一一月ごろ、その後間もなく被控訴人の姉(小学校卒業)及び弟を控訴人方に引き取つたこと、被控訴人は中学卒業後昭和二五年頃から姉と共に働きに出るようになり、昭和二七年頃から月給六千円を控訴人の妻に渡し小使銭だけをもらつていたが昭和三一年頃控訴人方を出たものであり、弟は早くから他に引き取られ、姉も昭和三〇年頃控訴人方を出たこと及び控訴人が戦後の生活困難な状況の下に被控訴人ら姉弟の養育を引き受けたところから前記栄吉および吉五郎は控訴人と協議の結果被控訴人所有の本件土地を控訴人に譲渡することに決し、これを実現する法定手続を履践するため昭和二一年五月右三名が親族全員の選定を受けて親族会を開き控訴人の内縁の妻訴外関口春を被控訴人の後見人に選任し、右春は前記控訴人ら三名の協議に従い同年九月前記の如く後見人として控訴人との間に本件土地の譲渡契約を締結したことが認められる。右に反する被控訴人の供述部分は信用できず、その他右認定を覆すに足りる証拠はない。

控訴人は本件土地の譲渡は無償でなく控訴人において被控訴人を養育することおよび本件土地上の抵当権の被担保債務を弁済することを対価とする旨主張し、証人渡辺春(第一、二回)および控訴人本人(第一回)はいずれも右主張にそう供述をしており、また控訴本人の供述(第二回)によれば、控訴人は相生無尽株式会社に対する本件土地の担保債権三千円位を弁証したことが認められるけれども、その支払を本件土地の譲渡の対価としたことを認めるべき証拠はなく、むしろ右債務は土地の価格から控除さるべきものと考えるべきである。(本件土地の当時の価格が右債権額以上であることは弁論の趣旨に照し明らかである)そして前記認定事実に徴すると控訴人が被控訴人らを養育する内容は不明確であるので(この点に関する証人渡辺春の第二回供述中の被控訴人を成年まで養育する趣旨の部分は措信し難い)控訴人において被控訴人ら姉弟の養育を引き受けたというのは被控訴人らを引き取つて当分面倒を見るという程度のものであつて本件土地の譲渡の動機としたと認めるのが相当である。したがつて右渡辺証人及び控訴本人の本件土地の譲渡に対価を定めた旨の供述は見解の表明というべきであり、これを採つて控訴人主張の対価関係ありと認めることはできない。

以上認定した事実によると被控訴人の後見人春は控訴人と内縁の夫婦関係にあり、本件土地の譲渡契約の締結も控訴人その他被控訴人の親族間で既になされた控訴人に譲渡するとの協議を実現する法定手続を履践するために後見人としてなしたものにすぎないのであつて、また経済的に見ても本件土地が内縁の夫である控訴人の取得するにいたることは後見人である春の利益にもなることである。従つて以上の事情の下における本件土地の譲渡契約は当時施行されていた民法第九一五条第四号に該当すると解するのが相当であるので後見人春にはその代理権なく、右譲渡契約は無権代理にもとずく無効のものといわざるを得ない。

控訴人の本件土地の時効取得の主張について判断する。右主張によれば控訴人の本件土地の占有は前記譲渡契約によるものであるから、右契約が無効であること右に判断したとおりである以上控訴人に過失なしということはできない。従つて右主張はその他の点を判断するまでもなく採用することはできない。

以上の次第で控訴人は本件土地の所有権を取得せず、依然被控訴人の所有に属するから、控訴人は被控訴人に対し本件取得登記の抹消登記手続をする義務がある。これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴は棄却を免れない。よつて民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

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